2010年3月18日木曜日
あ、鳥だ、いや、スーパーマンだ!何言ってのかようわからん
一人で歩いていると取り留めもなく考えまっせ。無になれ。口で言うほど簡単じゃないでっせ。一度やって見なはれ。アホらしくて、ようそんなことしてはりまんな。と関西人なら言うでしょう。ところが、中国人?瀬戸内海気質は結構楽天的で、おおらか、なるやうぬる、ケセラセラと言ったところかな。中国人、反論があるなら、言ってくれ。もう一つ忘れてた。温暖で食い物に困らないので、ハングリーさに欠け、なかなか人物がでないな。小生も含めて。ところで、写真はトンビかなんかだが、見てると上手く風を利用して上昇していく。素晴らしい、最高に素晴らしい。歩くこととは、時間を超越して得られるものがあるんですよ。もう一度最高
2010年3月17日水曜日
2010年3月15日月曜日
第三十七番札所岩本寺
昨日はここの宿坊に泊まる。部屋は綺麗で、料理も良く、大変満足するものであった。最近の宿坊は概ねこのようなものらしい。また、朝は6時よりお勤めがあり、若い坊さんに合わせて、読経した。今まで勝手に読みながら、どんな読み方が良いのか悩んでいたが、これで納得した。単に棒読みにすれば良いだけだ。明日試し見よう。和尚は遅れてゆっくり登場、最後一言能書きでもないか、喋った。その中で印象的なのは、高知県にお寺が少ないのは、神仏分離により徹底的に寺が破壊された事による。勤皇色強かったところは特に酷かったようだ。例えば、水戸などもそうだ。勉強になった。歴史を見直そう。
2010年3月14日日曜日
その続き
そうそう、下手な一句だけで終わりかと言うファンがいるので、恥も外聞もかき捨てて、出してみよう。どうせ素人のお遊びなんだから。こうは言うものの自分では柳風にこだわりたいよね。何それ。もしかして、俳号?悪い。どうでもいいから先進も。遍路ころがしの鶴林寺に行った時、朝ので8時人もなく、静寂のなか、大石に書かれた無の字を見たのですわ。それがこれだ。 静けさに 無の一字見る 春遍路 考えてみるとそのままじゃない。もう一つなんだよな。次がこれ。 静けさや 無の一字ある 春札所 これも季語と場所を入れようとして結構苦しいよね。苦しいのはダメ。そこで、次はこうしてたんさ。 春浅し 静けさのなか 無の一字 大分格好がついてきたので、この句は終わり。 ついでながら、この写真はあるところで見つけたのだが、同行のTさんがパクったらと言ったのが、これだ。 道遠し 幸いあれや 鈴の音 なかなか良いが、季語がない。
それでこれだ。 春浅し 幸いあれや 鈴の音 とか 道遠き 遍路の願い 鈴の音 と言ったとですな。いや、お恥ずかしい。柳風
それでこれだ。 春浅し 幸いあれや 鈴の音 とか 道遠き 遍路の願い 鈴の音 と言ったとですな。いや、お恥ずかしい。柳風
2010年3月13日土曜日
俳句を考えての心だ
小沢昭一の小沢昭一的心と言うラジオ番組があるが、新入社員の頃だから、三十数年前からあった。これを聞けるように外出していたのが、今では懐かしい。記憶によると夕方の5時半ぐらいだったと思うが、今は昼前後だのようだ。そこで、俳句の心だーなんだが、この前のはなんだ。菜の花に 心安らぐ 遍路道 こんなのよくも人前に出せたもんだな。小学生だって、読めるよ。偉い先生が全ていいとは言わんが、もうちいと考えたら。俳句は心や。心の動きを読んで読み切る。それや、それなんや。目の前の事象だけを俳句にするのでは薄過ぎるのとちゃうか。そやから何かを想像させることが必要や。それやったらこれどうしたらえーんかな。まあこれは西村和子先生に預けとこか。誰、その西村和子さんとは。NHkの俳句講座講師なんや。日曜日の朝七時から見てみたら。意味もなく、長くなったのでここで止める。
2010年3月12日金曜日
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